2009年8月2日日曜日

弱さ故の脅威

弱さ故の脅威

 最近、桜井よしこが“桜井よしこの憂国”という書籍を出版したそうである。古枯の木はまだそれを読んでいないが、その中で桜井は“弱い味方は強い敵よりも恐ろしい”と言って日本のことを揶揄しているらしい。これは敗戦後、自国を守るための意思を放棄し、他国に自国の安全を委ねた日本のことだ。
 この点に関し有名な事例が外交史上存在する。オスマントルコは1299年に建設され、無慈悲、無情の征服戦争(ジハード)により14世紀には版図を著しく拡大した。エジプト、スーダン、モロッコ、メソポタミア、シリア、ウイーン、中央アジアなどはすべてトルコに属した。ところが19世紀に入りセルビア、ギリシャが独立してから急激に勢力が衰え始め、20世紀に入るとトルコは“弱さ故の脅威”と呼ばれるようになった。それはトルコ領を狙うロシアに対し、西欧列強がトルコが軍事的に弱いためにロシアにより侵食され、仮想敵国のロシアよりもトルコに対し大きな脅威を感じはじめたからだ。
 敗戦後、日本は軍事的に極東の一寸法師になり、平和憲法を呪詛していれば日本の平和と安全は確保されるとかん違いし始めた。だが日本の平和と安全が確保されたのはアメリカにおんぶしてきたからである。中国、韓国、北朝鮮は虎視眈々日本を狙っている。いつまでたっても自衛能力を向上させず、集団的自衛権のつまらぬ法解釈にうつつを抜かす日本をアメリカが“弱さ故の脅威”と感じ、日本が第2のオスマントルコになるかもしれぬという疑念を持つかもしれない。

古枯の木――2009年8月1日記す。

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