仮想敵国
仮想敵国とは現在は交戦状態にないが将来矛(ほこ)を交えるかも知れない国を意味する。だがそれを決めるための基準はない。古枯の木の小学校3年のとき太平洋戦争が始まったが、幼稚園のころから日本の仮想敵国はアメリカだと教えられてきた。ところがアメリカに来て、ある書籍の中で第二次大戦前のアメリカの仮想敵国は日本ではなくてドイツであることを知った。これにはショックを受けた。事実、第二次大戦中アメリカは90%の軍事力をヨーロッパに向けたのに対し日本向けはわずか10%であった。昭和の軍閥は日本が軍事大国だと盲信、過信していたが、アメリカは日本など歯牙にもかけなかったわけだ。
では現在の日本に仮想敵国はあるだろうか。日本の周りには軍事的に強大なロシア、中国、北朝鮮、韓国などが存在するが日本の軍事力は余りにも脆弱であり、国際社会における発言力は極めて低い。よって日本にとり仮想敵国と呼べるものはないであろう。日本は仮想敵国を作るほど精神的にもタフでない。東洋におけるアメリカの仮想敵国はロシア、中国、北朝鮮といって間違いないと思う。
古枯の木ー2010年8月29日記す。
2010年8月30日月曜日
職業に貴賎あり
職業に貴賎あり
2010年8月21日芸能関係の暴露記事を書き続けていた梨元勝が死んだ。職業に貴賎なしと一般にいわれるが本当だろうか。古枯の木は暴露記者も暴露記事も好きではない。だれにでもある秘め事を暴くことにどれほどの価値があるだろうか。書く奴も書く奴だがそれを喜んで掲載するマスコミの好奇心や下劣さにも腹がたつ。さらにそれを期待している読者も読者だ。
暴露記事により当の本人だけでなく、多くの関係者が多かれ少なかれ被害を蒙ることになるであろう。中には命を絶った人や転居を余儀なくされた人もいるだろう。
古枯の木が生涯で一番赫怒したのは山本五十六のプライバシーが暴露されたときだ。1979年4月18日芸者梅竜こと河合千代子が五十六との恋愛を週間朝日を通じて暴露したのだ。しかも千代子は五十六からの手紙を得意になって朝日に見せた。朗読してもみせた。一枚のラブレターが数十万円で売られたとのうわさもある。千代子は品性下劣で低俗趣味の女だったようだ。しかも恋愛ごっこが好きだったそうだ。それにしてもよく分からぬのはなぜ五十六がのように眼光紙背に徹し見識のある男がかかる下らぬ女に惚れたかということだ。
東洋の哲学に死者にむち打たずということがある。死んだ梨元にいまさらむちを打つ気は毛頭ないが、一般論として暴露記事を書くことは卑賤な職業だと確信する。
古枯の木―2010年8月29日記す。
2010年8月21日芸能関係の暴露記事を書き続けていた梨元勝が死んだ。職業に貴賎なしと一般にいわれるが本当だろうか。古枯の木は暴露記者も暴露記事も好きではない。だれにでもある秘め事を暴くことにどれほどの価値があるだろうか。書く奴も書く奴だがそれを喜んで掲載するマスコミの好奇心や下劣さにも腹がたつ。さらにそれを期待している読者も読者だ。
暴露記事により当の本人だけでなく、多くの関係者が多かれ少なかれ被害を蒙ることになるであろう。中には命を絶った人や転居を余儀なくされた人もいるだろう。
古枯の木が生涯で一番赫怒したのは山本五十六のプライバシーが暴露されたときだ。1979年4月18日芸者梅竜こと河合千代子が五十六との恋愛を週間朝日を通じて暴露したのだ。しかも千代子は五十六からの手紙を得意になって朝日に見せた。朗読してもみせた。一枚のラブレターが数十万円で売られたとのうわさもある。千代子は品性下劣で低俗趣味の女だったようだ。しかも恋愛ごっこが好きだったそうだ。それにしてもよく分からぬのはなぜ五十六がのように眼光紙背に徹し見識のある男がかかる下らぬ女に惚れたかということだ。
東洋の哲学に死者にむち打たずということがある。死んだ梨元にいまさらむちを打つ気は毛頭ないが、一般論として暴露記事を書くことは卑賤な職業だと確信する。
古枯の木―2010年8月29日記す。
2010年8月26日木曜日
歴史家と作家の歴史感の違いII
歴史家と作家の歴史観の違いII
古枯の木はさきに”歴史家と作家の歴史感の違い”なるエッセイをこのブログで発表したが、ある読者から次のようなコメントが寄せられた。それによると歴史家はカメラマン、作家は画家または芸術家だという。
カメラマンは被写体をそのまま写真に撮る。少しの私意も容れない。ただ撮るときの角度、時刻または撮る巧拙により結果は大きく異なる。たとえ客観的に歴史をみる人でも見方によって歴史が別物に見えるのはこのためである。一方、画家、芸術家は描く人物、事件などのデータは最大限収集するが最後は自分の好むままに脚色してしまう。脚色の仕方いかんによってはよい人物または悪い人物ができあがる。また事件についても同じような結果がでる。
読者のコメントを要約すると上述のようになると思う。いずれにせよ卓見であり、いままでもやもやして解明できなかったな難問のひとつが解けたような気分になった。
古枯の木-2010年8月25日記す。
古枯の木はさきに”歴史家と作家の歴史感の違い”なるエッセイをこのブログで発表したが、ある読者から次のようなコメントが寄せられた。それによると歴史家はカメラマン、作家は画家または芸術家だという。
カメラマンは被写体をそのまま写真に撮る。少しの私意も容れない。ただ撮るときの角度、時刻または撮る巧拙により結果は大きく異なる。たとえ客観的に歴史をみる人でも見方によって歴史が別物に見えるのはこのためである。一方、画家、芸術家は描く人物、事件などのデータは最大限収集するが最後は自分の好むままに脚色してしまう。脚色の仕方いかんによってはよい人物または悪い人物ができあがる。また事件についても同じような結果がでる。
読者のコメントを要約すると上述のようになると思う。いずれにせよ卓見であり、いままでもやもやして解明できなかったな難問のひとつが解けたような気分になった。
古枯の木-2010年8月25日記す。
2010年8月25日水曜日
総員玉砕せよ
総員玉砕せよ
NHKテレビのゲゲゲ女房を楽しく見ている。心温まるよいドラマだ。古枯の木は水木しげる記念館のある境港市を訪問したし、安来の足立美術館では素晴らしい陶磁器を見せてもらった。このテレビドラマの中で“総員玉砕せよ”という一つのシーンがあったが、これはエンジョイするには余りにも深刻な場面であった。長男の嫁(32歳)が玉砕とは何かという質問を提起してきた。
戦時中、古枯の木は小学生だったが、クラスの全員が玉砕の意味を知っていた。この点時代の推移を感じる。先生は時期がきたら天皇陛下のために死ね、死にさえすれば人から褒められる、死ぬときはぶざまな死に方をするなと何度も繰り返していた。玉砕は全員が死ぬことで生存者はいないことを意味する。生きていることは許されないのだ。
この玉砕は帝国陸軍の専売特許のように思われているがあながちそうでもない。トルコ建国の父アタチュルク(1881-1938)は非常に有能な軍人であり政治家でもあった。軍人として彼は生涯戦争に負けたことはなかった。英仏を敵に回して乾坤一擲の大勝負であったダーダネルス海峡とガリポリ半島の戦闘(1915年2月-12月)では全兵士に対し“余は君たちに戦えとは命令せぬ。死ねと命ずる”と告げた。だがアタチュルクの命令には帝国陸軍の玉砕命令の中にある陰湿さ、凄惨さ、あほらしさ、形式主義は感じられない。これはなぜであろうか。
古枯の木-2010年8月24日記す。
NHKテレビのゲゲゲ女房を楽しく見ている。心温まるよいドラマだ。古枯の木は水木しげる記念館のある境港市を訪問したし、安来の足立美術館では素晴らしい陶磁器を見せてもらった。このテレビドラマの中で“総員玉砕せよ”という一つのシーンがあったが、これはエンジョイするには余りにも深刻な場面であった。長男の嫁(32歳)が玉砕とは何かという質問を提起してきた。
戦時中、古枯の木は小学生だったが、クラスの全員が玉砕の意味を知っていた。この点時代の推移を感じる。先生は時期がきたら天皇陛下のために死ね、死にさえすれば人から褒められる、死ぬときはぶざまな死に方をするなと何度も繰り返していた。玉砕は全員が死ぬことで生存者はいないことを意味する。生きていることは許されないのだ。
この玉砕は帝国陸軍の専売特許のように思われているがあながちそうでもない。トルコ建国の父アタチュルク(1881-1938)は非常に有能な軍人であり政治家でもあった。軍人として彼は生涯戦争に負けたことはなかった。英仏を敵に回して乾坤一擲の大勝負であったダーダネルス海峡とガリポリ半島の戦闘(1915年2月-12月)では全兵士に対し“余は君たちに戦えとは命令せぬ。死ねと命ずる”と告げた。だがアタチュルクの命令には帝国陸軍の玉砕命令の中にある陰湿さ、凄惨さ、あほらしさ、形式主義は感じられない。これはなぜであろうか。
古枯の木-2010年8月24日記す。
2010年8月24日火曜日
人生の幕引き
人生の幕引き
東京の大崎に住む大学の先輩から86歳となり、人生の幕引きが近づいたので身辺の整理を始めた。難問は書籍である。ダンボールいっぱいの本を船便で送るから受け取ってくれとのハガキが一カ月ほど前についた。そして今日その本が届いた。
大変貴重な本もある。有名な母校の教授の社会政策に関する論文集がある。また古枯の木の好みを知ってか戦争関係の本も多い。古枯の木は現在日本再生の会という団体に属しており、10月例会の研究テーマは山本五十六だ。いただいた本の中に井上成美に関するものもあり、これは10月の発表会に大変役に立ちそうである。
古枯の木には書籍もたくさんあり、いずれこれらの整理が問題となる。さらに頭の痛いのはいままで撮った写真だ。子供たちにこれを引き渡したとき、一番処分に困るそうだ。そろそろ写真の処分も考えねばならない。
古枯の木―2010年8月23日記す。
東京の大崎に住む大学の先輩から86歳となり、人生の幕引きが近づいたので身辺の整理を始めた。難問は書籍である。ダンボールいっぱいの本を船便で送るから受け取ってくれとのハガキが一カ月ほど前についた。そして今日その本が届いた。
大変貴重な本もある。有名な母校の教授の社会政策に関する論文集がある。また古枯の木の好みを知ってか戦争関係の本も多い。古枯の木は現在日本再生の会という団体に属しており、10月例会の研究テーマは山本五十六だ。いただいた本の中に井上成美に関するものもあり、これは10月の発表会に大変役に立ちそうである。
古枯の木には書籍もたくさんあり、いずれこれらの整理が問題となる。さらに頭の痛いのはいままで撮った写真だ。子供たちにこれを引き渡したとき、一番処分に困るそうだ。そろそろ写真の処分も考えねばならない。
古枯の木―2010年8月23日記す。
フランス語かスペイン語か
フランス語かスペイン語か
カリフォルニアのマンハッタンという町に住む孫の一人から今年秋から外国語の勉強が始まるがフランス語をとるべきかそれともスペイン語をとるべきかとの相談を受けた。カリフォルニアではメキシコ系の住民が多く、生徒の80%はスペイン語を履修するという。また選択肢はこの二つの外国語だけとのこと。
古枯の木は躊躇なくフランス語と答えた。理由は二つ。一つはスペイン語圏はフランス語圏に比べて民度が高くないこと。欧米に比較して学問、科学技術のレベルの低い日本は依然として欧米からこれらを学ばなければならない。フランスは先生である。二つ目はフランス語の持つ美しい発音だ。2,009年秋、東京のルーマニア大使館を訪問し、広報担当の女性外交官に会ったときルーマニアではソ連の圧政下にあったときでも一番ポピュラーな外国語はフランス語であったと聞いた。古枯の木からではフランス語はルーマニア人にとり何てあったかと尋ねたとき“そは麗しき天使の言葉である”との回答が返ってきた。
孫ははたしてどちらを選ぶだろうか。古枯の木はこれを機会にフランス語の復習をしたいと思っている。
古枯の木―2010年8月23日記す。
カリフォルニアのマンハッタンという町に住む孫の一人から今年秋から外国語の勉強が始まるがフランス語をとるべきかそれともスペイン語をとるべきかとの相談を受けた。カリフォルニアではメキシコ系の住民が多く、生徒の80%はスペイン語を履修するという。また選択肢はこの二つの外国語だけとのこと。
古枯の木は躊躇なくフランス語と答えた。理由は二つ。一つはスペイン語圏はフランス語圏に比べて民度が高くないこと。欧米に比較して学問、科学技術のレベルの低い日本は依然として欧米からこれらを学ばなければならない。フランスは先生である。二つ目はフランス語の持つ美しい発音だ。2,009年秋、東京のルーマニア大使館を訪問し、広報担当の女性外交官に会ったときルーマニアではソ連の圧政下にあったときでも一番ポピュラーな外国語はフランス語であったと聞いた。古枯の木からではフランス語はルーマニア人にとり何てあったかと尋ねたとき“そは麗しき天使の言葉である”との回答が返ってきた。
孫ははたしてどちらを選ぶだろうか。古枯の木はこれを機会にフランス語の復習をしたいと思っている。
古枯の木―2010年8月23日記す。
2010年8月23日月曜日
外交の基本姿勢
外交の基本姿勢
外交の基礎概念はパワーと国益である。ではその基本的態度や姿勢はいかにあるべきか。19世紀初頭の外交家パーマストン(Palmerstone)は“イギリスにとり永久の友はなし、永久の敵もなし、ただあるは永久の利益のみ”(England has no eternal friendships, no enmities, but eternal interest.)と道破した。イギリスはヨーロッパ大陸でいつも最強となる国と対峙してうまく大陸の勢力均衡を維持してその光輝ある孤立を保持してきた。かつてはスペイン、オランダ、フランスそして2度までドイツと矛を交えた。ここにイギリスの持つ狡猾な怜悧さをみることができる。
アメリカの元国務長官でハーバード大学の教授であったキッシンジャーはその著“Diplomacy”の冒頭で外交とは冷徹なパワーの計算にもとずいて国益を追求することであると述べている。
パーマーストンの外交の基本姿勢はイギリスのみでなくあらゆる国の外交に適用される大原則であらねばならぬ。味方はいつまでも味方であるわけがないし、反対に敵がいつまでも敵であるわけがない。日本外交には主体性が欠け、淡白でしたたかさも無い。謹厳実直、律儀、友愛力のみでは外交は行えない。早く対米追従外交と対中土下座外交は改めるべきだ。アメリカが日本にとり永久の友であるという保障はどこにもないことを銘記すべきである。
古枯の木-2010年8月23日記す。
外交の基礎概念はパワーと国益である。ではその基本的態度や姿勢はいかにあるべきか。19世紀初頭の外交家パーマストン(Palmerstone)は“イギリスにとり永久の友はなし、永久の敵もなし、ただあるは永久の利益のみ”(England has no eternal friendships, no enmities, but eternal interest.)と道破した。イギリスはヨーロッパ大陸でいつも最強となる国と対峙してうまく大陸の勢力均衡を維持してその光輝ある孤立を保持してきた。かつてはスペイン、オランダ、フランスそして2度までドイツと矛を交えた。ここにイギリスの持つ狡猾な怜悧さをみることができる。
アメリカの元国務長官でハーバード大学の教授であったキッシンジャーはその著“Diplomacy”の冒頭で外交とは冷徹なパワーの計算にもとずいて国益を追求することであると述べている。
パーマーストンの外交の基本姿勢はイギリスのみでなくあらゆる国の外交に適用される大原則であらねばならぬ。味方はいつまでも味方であるわけがないし、反対に敵がいつまでも敵であるわけがない。日本外交には主体性が欠け、淡白でしたたかさも無い。謹厳実直、律儀、友愛力のみでは外交は行えない。早く対米追従外交と対中土下座外交は改めるべきだ。アメリカが日本にとり永久の友であるという保障はどこにもないことを銘記すべきである。
古枯の木-2010年8月23日記す。
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