2010年1月19日火曜日

2010年1月18日月曜日

石川知裕よ、小沢一郎のために新ではならぬ

石川知裕よ、小沢一郎のために死んではならぬ

 日本の新聞は君が自殺するかもっしれないと報じている。もし君が自殺したら口封じができたと言って一番喜ぶのは闇将軍の小沢一郎だ。決して早まってはならぬ。
 早く検察にすべてを白状したまえ。そしてこのようなくだらぬ問題から足を洗ってくれ。君に初めて会ったとき君は北海道と日本の農家のために働く政治家になりたいと言っていた。君は次のことを教えてくれた。頭のよいユダヤ人がたくみに遺伝子を組み替えて非常に優秀な種苗を作ることに成功した。だがこの種苗は一年限りのもので二年めは育たぬように計画的に作られている。そのため農家は毎年高い金を払ってユダヤ人からこの種苗を買わねばならぬ羽目に陥った。金に目のくらんだユダヤ人はこの種苗を一粒いくら、一本いくらと高価で販売している。
 早く小沢一郎の下らぬ問題から開放されて日本の農家を救済するという政治家の仕事を始めてほしい。小沢は君が口を割ると烈火のごとく怒るであろうが、国民はみな君の側についている。
古枯の木

石川

基地はどこへ行く

基地はどこえ行く

 鳩山首相はいつも日米同盟こそが日本外交の基軸だと言っているが、本当にそのように考えているかは疑わしい。揺れる基地問題をみていると彼は外交の中心を中国に向けているように思えてならない。中国経済のめまぐるしい発展によりアジアの星座も勢力関係も大変動を受けている。このような中でわが国はできうる限り中正不偏の立場を維持しなければならないが、同時に一旦ことあるとき終局的勝利をうる公算ある側と親善関係を維持しなければならない。これはビスマルク以来の鉄則である。彼が真に識見達識の士であるならば日米関係を軽視することはないだろう。
 彼はまた常時駐留無き安保を提唱しているがそんなことが現実に可能であろうか。それはちょうど保険料を払わずになにかことが発生したときに保険金を要求するのに等しくドダイ無理である。でもこれこそは中国が日米関係に対して持っている長年の夢である。中国は日米関係に亀裂を生じさせることができればアジアの大国として自由に振舞うことができるからだ。

古枯の木

裏から見たノモンハン事件

裏から見たノモンハン事件

 昨年12月17日トーレンス市でノモンハン事件についての講演を行った。出席者の一人であった宮森某さんからさらに詳しい話を聞きたいとの要請があったので、1月13日ランチを取りながら会談に及んだ。
 うれしいことに宮森さんから“ジューコフ元帥回想録(著者ゲ・カ・ジューコフ、訳者清川勇吉、相場正三久、大沢正、1970年、朝日新聞社発行)”のノモンハン戦争の部分(第7章)をいただいたことだ。ソ連のものはいつの時代でも宣伝臭が強くて直ちに信用することはできないが、ものごとは可能な限り表と裏から見ることが肝要であろう。学問とはreality(真実)の追求だ。左翼学者はドグマに基づき議論するので彼らの主張はいつも非科学的だ。でもヒョットすると彼らの主張の中にも真理があるかもしれない。いただいたこの資料の中で面白かった部分を以下に箇条書きする。
1. ジューコフは1939年5月11日早朝、攻撃を仕掛けてきたのは日本軍であると主張する。日本の左翼学者は大体この説を支持する。さらに彼は日本はソ連と外蒙古に対する侵略の目的を放棄していなかったと説く。
日本では外蒙古の軽騎兵隊がハルハ河を越えて最初に越境攻撃してきたというのが定説になっている。ハイラルに駐屯していた小松原道太郎の23師団は確かに一旦ことあるときソ連のバイカル湖まで進軍することになっていたが、これはあくまでアイデアの段階であり、進軍の具体的目標があったわけではない。
2. 勝利を信じきっていた日本陸軍はイタリヤやドイツの新聞記者や駐在武官を多数招待していた。これは知らなかった。彼らの驕慢ぶりをみよ。
3. 日本軍はソ連軍と異なり戦車師団や自動機械化部隊を持たなかった。その通りである。
4. 夜間の移動には飛行機の爆音、大砲、機関銃の発射音などの偽音を多く利用した。また虚偽情報をたくさん流した。さらに総攻撃の日は日本軍の将校たちがハイラルに帰って休暇を楽しんでいる日曜日の朝とした。ジューコフは頭がいい。
5. 日本軍兵士はバンザイを叫びながら死ぬように運命付けられていた。そうだ。生きて虜囚の辱めを受けずなどとバカなことを教えられていた。
ノモンハンの後、ジューコフはモスクワに帰りスターリンと会見した。スターリンに日本軍の戦いぶりを聞かれたとき、ジューコフは“日本軍兵士の間では規律がよく保たれ、兵士は真剣で頑強だった。彼らに降伏という言葉はなく、最後の一兵までよく戦った、特に接近戦術と防御戦争に強かった。若い指揮官たちはよく訓練され、狂信的な頑張りをみせた。だが古参の下士官、年老いた高級将校は訓練不足で積極性が乏しく、紋切り型の行動しかできなかった。
その通りであろう。彼らの目当ては勲章と出世だけだった。“将軍勲章、将校商売、下士官火遊びでお国のためは兵ばかりなり”という俗謡がこの辺の事情をもっとも端的に表現している。

古枯の木―2010年1月17日記す

2010年1月17日日曜日

石川知裕よ、真実を語れ!

石川知裕よ、真実を語れ!

 このところ連日テレビや新聞を賑わしているのが元小沢一郎秘書の石川知裕である。2006年秋、コロラド州のコロラドスプリングズで国際草の根交流会の大会があり、初めてここで彼に会った。コロラド農業の研究という同じグループに属したため約一週間にわたり彼と親しくする機会を得た。彼は早稲田大学、商学部に学び、しばらく小沢の秘書をした後、衆議院選挙に立候補したが落選したためそのときは浪人中だった。パーティや観光への参加、博物館、農場や種苗工場の訪問などで親しく会話を重ねることができた。ホームステイしたアメリカ人の家がお互いに近くだったし、小生の愚著の一冊を献上する機会もあった。
 彼は日本の政治的将来をいろいろな面から考える憂国の士だった。日本の政治屋特有の傲慢さ、驕慢さなどは微塵もなくド真面目で真摯な好青年だった。ただ政治家に要求される怜悧な利己性やかけひきの能力があったかどうかは知らぬ。彼によれば安全保障と農業とイノベイションこそが国家繁栄の基礎であり、これらを欠く国はいずれ滅びると断言していた。日本の農業は世界に卓越する種苗産業を有するユダヤ人に支配されるおそれがあるとしてその対策を真剣に考えていた。
 石川知裕よ、君は現在逮捕中たが検察の取調べに対して知っていることをすべて正直に話せ。小沢一郎から緘口令がしかれ、いろいろのプレッシャーがかかっていると思うがいずれ悪の権化の小沢も逮捕されるだろう。小沢は多分君に対し“一生面倒をみるから小沢の利益に反するような発現をしてはならぬ”と言っているだろうが、こんな空手形を信じてはならぬ。蛮勇をもって国のため真実を語るよう決断してほしい。

古枯の木―2010年12月15日記す。