2010年1月31日日曜日

同盟は運命共同体ではない

同盟は運命共同体ではない

 2010年1月29日の日経新聞に元駐米大使、加藤良三の書いた“米国観にゆがみはないか”との論文が掲載されている。いろいろ示唆に富んだものだが、とくに標記の言葉に古枯の木は深い感銘を受けた。
 1951年9月に締結された最初の安保条約にはアメリカが日本を防衛するための義務は規定されていなかった。当時の日本は同盟無能力者であり、アメリカがその防衛を担保することを忌避したからである。50年前の改定安保でやっと日本防衛の義務が文書化されたが、文書化されてはいても必ずアメリカが日本を防衛するという保障はどこにもない。世界の国はアメリカを含めて国益を最優先に考えるからだ。友愛なる空疎な言葉に重きを置くのは日本だけであろう。もし日本が北朝鮮の攻撃を受けたとき、アメリカが日本を助けることに利益を見出せば防衛するが、国益なしと判断したときはソッポを向くは理の当然である。多くの日本人は同盟関係にある国とは運命共同体にあると考えがちだがこれは大きな間違いだ。
 加藤はさらに続けて語る。同盟の相手国が誰であるかの選択権は日本にあると。フリーハンドは日本にあるのだ。だが次のことを忘れてはならない。日本の防衛費はアメリカと同盟することにより大変安価にすんでいる。たとえば対GNP比で日本の防衛費はわずか0.96%に過ぎない。それに対しアメリカは3.99%、中国はやく4%である。もし鳩山、小沢が同盟国をアメリカから中国に転換すれば中国は日本にたいして防衛費を4%またはそれ以上に引き上げよ、大砲をすべて東に向き変えよと要求してくるであろう。
古枯の木

2010年1月28日木曜日

声なき声に耳を傾けよ

声なき声に耳を傾けよ

 これは50年前の安保改定騒動のとき、当時の総理大臣、岸信介の発した言葉である。その頃、日本中が安保反対の波に覆われていた。岸の孫の安倍晋三(後に総理大臣)はまだ5歳だったが部屋の中を“アンポハンタイ”と叫びながら走り廻っていたという。全学連の学生たちが国会前で警官隊と衝突し、東大生の樺美智子が圧死したが、マスコミは彼女を日本のジャンヌダルクだとして賛美し美化して英雄扱いにした。
 マスコミは安保改定反対を叫び、日本中が反対の波に呑まれでいた。日本人はムードに弱く、全国民が自己陶酔と催眠術に陥り、雪崩を打って訳もわからず付和雷同して安保反対を叫んでいた。でも改定に賛成する学者たちもたくさんいた。彼らは現実を直視し、自主的に安保賛成を唱えていたのである。賛成派の代表は京大の猪木正道であり、早大、明大、大東文化大、国学院大にも賛成の学者はいた。だが問題は彼らにはマスコミからなかなか発言の機会が与えられなかったことである。岸の“声なき声に耳を傾けよ”の言葉はかかる事情のもと発せられたのであろう。
 それにしても安保改定の衝に当った岸と一部の自民党議員の態度は立派だった。彼らは自己の主張を堂々と述べ変節することはなかった。岸は1960年3月19日、ワシントンでアイゼンハワー大統領と一緒に新安保条約に調印し、国会の批准も強気の姿勢で押し通した。
 岸が60年11月20日に退陣する頃から安保反対の波は潮が引くように消えていった。あれほど騒いだ安保反対とは何だったのか。マスコミは安保反対を他人事として省みなかった。古枯の木は日本人の持つ軽薄さ、付和雷同性、移り気な乙女気質に日本人の最大の欠点の一つを見出すのである。
古枯の木

2010年1月26日火曜日

三つ子の魂

三つ子の魂

 よく世間では三つ子の魂百までという。これは持って生まれた性質が年をとっても変わらないことを意味するであろう。性質ではないが年をとっても変わらない慣行が古枯の木には沢山あると思う。今日はそのうちの二つについて説明したい。
 古枯の木の母のいとこで旧陸軍で大変出世した人がいた。家が貧しく小学校を卒業すると名古屋の呉服屋に小僧にだされるところだった。ところが彼の才能を惜しんだ小学校の先生が父親に金のかからぬ幼年学校に進学させるよう勧めた。彼は幼年学校、陸軍士官学区、陸軍大学と順調に進学し、日中戦争、太平洋戦争に従軍し、最後は名古屋師団の師団長を勤めた。このおじさんが少年の頃、父親に小銭がたまると年に2-3回、魚のあらを買いに走ったそうだ。そのあらのうまかったことを生涯忘れることができなかったとよく古枯の木に語ってくれた。わが家では平均して月1回あらを買って食べることにしている。でもなぜあらを買うかの説明は子供たちにはしていないと思う。
 子供の頃の食料事情は戦争のため非常に惨めだった。中学1年生のとき勤労動員で工場で働いていた。工員や兵隊たちの残飯をあさるのでわれわれは残飯学生と呼ばれていた。先生は残飯をあさるなと言ったが聞く者は一人もいなかった。残飯学生はどこにうまいものがあるかをよく知っていた。それは将校食堂の横の残飯の捨て場だった。一般の工員、兵士たちはろくなものを食べていなかったが、将校たちはてんぷら、カツどん、焼き魚、うどんなどを食べていた。それは食堂から発する匂いで分かった。このときあさって食べたえびの尻尾のうまかったことをいまでも覚えている。こんなにうまいものがこの世の中にあるかと思ったぐらいだ。そのためいまでもてんぷらまたはフライにしたえびの尻尾は残さず食べることにしている。孫をレストランに連れて行き、古枯の木がえびの尻尾を食べるとき彼らは不思議そうな眼でみている。孫にその理由を説明することは多分ないだろう。
古枯の木

みつごの 

石川知祐、小沢の刺客に注意しろ!

石川知祐よ、小沢の刺客に注意しろ!

 日本のある新聞は君が証拠隠滅のため自殺する恐れがあると報じている。古枯の木は小沢が君の元へ刺客を送ったり、毒を贈るのではないかと恐れている。注意してくれ。でも絶対それに屈してはならぬ。2006年の国際草の根交流会主催の大会に一緒に出席したね。そのコロラドスプリングズで毎晩のように君は北海道の農民をユダヤ人の毒牙から守らねばならぬと熱く語ってくれた。
 君には遠大な理想がある。早く下らぬ小沢のスキャンダルから足を洗い、君本来の政治活動に邁進してくれたまえ。
古枯の木

2010年1月24日日曜日

現代の辻政信

現代の辻政信

 1月23日午後、東京地検が小沢一郎の任意聴取を行った。予想どうり小沢は裏献金を否定し、政治資金収支報告書の虚偽記載については関与しておらず、秘書が行ったものとして責任逃れをしている。
 妖怪人間の辻政信はノモンハンやガダルカナル島の敗戦の責任を現地司令官に押し付け、ピストルを贈って自殺を強要した。自分は全然責任を感じていない。小沢の精神構造は辻の精神構造と余り変わりないだろう。国民を欺き続けている妖怪人間の小沢を政界から永久追放しようではないか。
 石川知祐よ、古枯の木は君が悪いことのできる人間ではないことをよく知っている。すべてを早く白状してこの問題から手を洗え。さもなくば君の政治生命は妖怪により永久に絶たれることになるぞ。
古枯の木

初段と一段

初段と一段

 古枯の木は42歳から空手を始め、いまでも毎週土曜日午後7時から9時ごろまでトーレンス市の道場で練習をしている。“イチ、二、サン”から始まる号令、型の名前、基本動作の名称などはすべて日本語である。アメリカ人も多く参加しており、よく質問を受けることの一つが初段と一段の違いである。
 彼らの質問はなぜ一段と言わずに初段というのかである。これに対し古枯の木は日本には“初心忘るべからず”という格言があり、初段の“初”はこれからきていると教えている。つまり初段を取得したからといって、怠けることなく精進を続けよという先人の見識から出たものであるというわけだ。間違っているだろうか?
古枯の木