2010年2月2日火曜日

竹やりでは戦争に勝てぬ

竹やりでは戦争に勝てぬ

 2010年1月31日Cable TV Japanで“竜馬伝 第5回”を見た。1853年ペリーが浦賀にやって来たとき、250年の太平の夢から醒めた武士たちがペリーの軍隊に対抗する目的で急いでやりや刀を購入するシーンがあった。これを見たとき、太平洋戦争末期の一こまが古枯の木の脳裏を鮮明によぎった。
 1944年秋、日本の軍閥政府はアメリカ軍には竹やりでも対抗できるとして各家庭に竹やり作りを勧めた。小生の母は隣の寺に行き、家族9人分の竹をもらってきた。竹やりを作る母の姿をみて、父が“飛行機が中心の現代戦で竹やりでは戦争に勝てぬと新聞に書いてあったから竹やり作りを止めてはどうか”と半ば自暴自棄に母に言っているのを聞いたことがある。
 新聞とは名古屋で発行されていた中部日本新聞、現在の中日珍聞であり、この記事を書いたのは“帝国海軍の最後”などの名著を世に出した軍事評論家の伊藤正徳である。この記事により伊藤は勇敢にも軍閥政府の愚行に警鐘を鳴らしたものだ。それにしてもペリー来航時の日本人の精神構造とやく90年後のそれとは余り進歩していないように思われる。では現在の政官業癒着の無責任体質の精神構造はペリー来航時の精神構造に比較して進歩しているであろうか。
古枯の木

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