2009年1月16日金曜日

"メロンからコーンへ”新しい燃料の誕生

メロンからコーンへ”―新しい燃料の誕生
                           古枯の木

 昔、勤務していた会社のアメリカ法人の幹部夫妻を日本旅行に連れて行ったことがある。そのとき日本の本社が彼らをしゃぶしゃぶの夕食に招待した。ところが夫妻はその肉を見るなり“Oh, no.”と悲鳴をあげ、最後まで霜降りの肉には箸をつけなかった。日本では霜降りの肉が高価で人気があるのだが、アメリカ人は“霜”を食べない。食べないどころか忌み嫌う。英語でこの霜は“fat”だが、fat bookといえば分厚くても内容のない下らぬ本、fat chance はチャンスがありそうで実はチャンスのないことを意味する。大昔、アメリカ赴任直後、アメリカ人と一緒にステーキを食べたことがある。そのとき脂身は食べるなと注意された。脂身は恐ろしいストローク(英語ではbrain attackとも言う)の最大の原因であるというのがその理由だった。霜降り肉を英語でmarblingというが なぜmarblingが日本に輸出されるのか不思議に思っているアメリカ人カウボーイもいる。この霜をアメリカではすべて廃棄処分していた。大変な時間と費用を要したと思う。

 ところが数年まえから牛肉、豚肉、鶏肉の脂身から新しい燃料を作る事業がアメリカで始まった。この燃料を自動車燃料として使用した場合、従来のガソリンより40%も高品質であるらしい。ただ難点は機械設備に厖大な費用のかかること。先日Wall Street Journalにデンマークが風力を利用すること、豚の脂肪から燃料を作ること、さらに豚の脂肪を燃料に変える機械設備にたいする税制上の優遇措置で輸入原油を大幅に削減することに成功したという記事が出ていた。

 1980年代たびたびブラジルに出張したが、町にはいつもアルコールの臭気が漂っていた。これは大豆やコーンから採取したバイオエタノールをガソリンに混ぜて自動車を走らせていたためである。アメリカでもエタノール混合ガソリンの歴史は古い。昔、このエタノール混合ガソリンがときにはエンジンの腐食をもたらすといわれていたが、今ではこの問題は技術的に解決されているのだろうか。筆者はときどきこの燃料を使用してきたが、自分の車のエンジンが腐食しているという報告を受け取ったことはない。しかもアメリカではこの燃料の価格は地域によって違うが通常のガソリンに比較して最高20%は安い。

 バイオ技術の進歩により大豆、豆、コーンの用途は燃料以外にも飛躍的に増大している。これらの原料から最近では、プラスチック、ウレタン、カーペット、ろうそく、ソックス、サーフボード、機械のボディーパネルまでできるようになった。しかもこれらの原料から作ったものの多くは簡単に再生可能(renewable )だという。コーンの需要増大のためメキシコではコーンから作るトルティーヤ(これで肉や野菜のいためたものを巻いて食べる)の値段が高騰しストライキまで発生している。

 砂糖きびから自動車用燃料の生産も行われている。戦争中、日本海軍は砂糖を蒸留してハイオクのガソリンを製造するのに成功した。これは主に足の速いアメリカの戦闘機から逃れるためのもので、わが戦闘機や偵察機が追尾されたときによくこれを使用した。だがこれを使用して10分ぐらいしか飛行できず、それを超えるとエンジンが焼けてしまった。わが家のすぐ近くに戦争末期、爆撃機の彗星でこの燃料を使用して敵グラマン戦闘機の攻撃をうまく回避したという人が住んでいる。

 去年9月コロラド州南東部のRocky Fordという町の日系人農家を訪問した。コロラドでは戦前からメロンの栽培が盛んでメロン州というニックネームまでもらっている。このメロン産業を支持してきたのが日系農家であり、今では数人のメロン王と呼ばれる人もいる。筆者が訪問したのはこのメロン王の一人である。ちょうどキャンタロープメロンの収穫期で地平線のかなたまで広がる農場では数百人のメキシカンが働いていた。あらゆる面で機械化の進んだアメリカだが、メロンの取り入れは人力に頼らざるをえないようである。

 メロン産業の将来について訊いたところ、最近では移民局の監視が厳しく最早賃金の安いWet Back(メキシコからの不法移民、彼らは国境のリオグランデ河を泳いで渡るが、アメリカに到着したとき背が濡れているのでそのように呼んだ)は使用できないし、労務者がユニオン化(労働組合に入ること)されてきたので賃金が年年歳歳急上昇し余りうまみのある商売ではないとのことだった。
 
 この農家から2-3日まえ手紙がきた。メロンの栽培を止め、コーンの栽培に切り替えるという。理由はコーンの価格が異常なまでに高騰した(sky high)こと、コーンの栽培にはまったく人手を必要としないこと、さらに自動車燃料として使用されたとき、このバイオエタノールは地球にやさしい(earth friendly)燃料という時代の要請にも応ずることができるからということだった。

 好きなメロンの供給が減少して価格の上がるのは痛いが、彼女がこの新規事業に成功し中東からの石油の依存度を少しでも減らしてくれるよう祈るや切である。同時に原油の85%を中東からの輸入に依存している日本はその依存度の減少に努力しているだろうか。聞くところによると日本でのバイオ燃料の研究はやっと緒についたばかりだそうだ。この分野の先進国はブラジル、アメリカ、スペイン、スエーデン、ドイツである。なぜ経済大国日本?がこんなに重要な問題を今まで放置してきたのか。太平洋戦争の初期、日本軍部は緒戦の勝利に酔って石油は無尽蔵でしかも永久に来るものと錯覚していた。金さえあればいくらでも輸入できるという同じような錯覚を政府や国民が持っていなければいいが。

 古枯の木― 日米草の根交流会会員。在米35年以上。著書に『アメリカ意外史』など。
 
 

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